Home > ふうたろう活動日記 > 宴の終わり

宴の終わり

2010年 11月 7日

 夜中は猛烈に気分が悪く、寝ていられませんでしたが、明け方になって何とか少し眠ることができました。そして、起きたのは9時過ぎ。まさか、こんな生活がこれから続くのか。
 とりあえず、今日はゆっくり、赤旗まつりの会場に行こう。本当は朝イチから出たかったけど、この体調では無理だ。
 新木場駅は恐ろしい混みようだろうと思ったので、JR京葉線潮見駅から向かいます。西武線が遅れたので難儀したけどね。


 潮見駅から会場は、けっこう遠い。まあ、歩けば30分くらいで着くでしょうか。大きな橋を越えて。


 まつりの会場のいちばん北の端から入場します。さすがに最果て、そんなに人はいないと思いきや…


 Σ(゚ε ゚)ヌオッ
 テントのあるところからは人だかりが凄い。


 人のヤブを漕いで、原爆資料のプレハブを発見しました。原爆の二次火災で溶けた硬貨などの展示の他、被爆者の写真がたくさん。何度も見てはいるが、人をこんなにする原爆を落としたことは、誰が何と言おうと許せませんな。


 ここは第五福竜丸展示場。


 この船は、ビキニ環礁でアメリカが行った水爆実験の死の灰を浴びているはず。今もどこかの隙間に、その灰の一部が残っていたりするのではないかと思ったりする。


 これは昨日話した菜種油。今日はちゃんと買い物袋を持ってきたので、買う気満々です。
 岩手の人、昨日の招かれざる来客にちょっとショックを受けていましたので、「まったく気にする必要はない」と言っておきました。少なくとも、エルシン酸の検査は出しているのだから。


 12時半に茨城のテントに集合となっていました。埼玉ではなく、茨城。時間が迫っていたので、ささっと買い物(第一次)を済ませて、森を抜けて、中央広場へ。


 埼玉の旗が立っているところにいますが、埼玉の中にいたら埼玉の旗なんかこういう位置では見えません。茨城で県議選が間近なので決起集会をやっているところに紛れ込んでいます。まあ、完璧に見ているだけだけども。


 そのあとは、決起集会にいた人は散り散りになり、茨城のブースは周囲の喧噪とはうってかわって静かに。まあ、おかげで、マッタリできるのですが。


 しばらく茨城時代の友人とマッタリしたら、第二次買い物へ。
 産直通りの一角でヒューマンファーマーズがコンサートをやっていました。


 そのあと、志位和夫(日本共産党委員長)の演説を聴きました。今回は中国やロシアとの領土の問題をかなり踏み込んで話していました。排外的でもなく、迎合するわけでもない、そういう立場は、生き方そのものの指針となると、ふうたろうは思っています。


 これがおそらく最後、第三次買い物。もう日が傾いていて、若干昼間よりも人が少なくなっている気がする。


 赤旗まつりは今日で終わり。何となく寂しい感じがする、まつりの終わりの夕暮れ。


 ここを歩いている人は帰路についているのだろうか、それともまだまだ市場を楽しむつもりなのか。


 辺りはすっかり暗くなり、ふるさと市場のテントも畳まれつつあった18時頃、ふうたろうは茨城農民連のテントに行きました。茨城県の共産党のテントの片づけを手伝ったあと、です。
 結局、農民連の方でも4のテントを片してトータル6台付き合いました。終わったのは21時、かな。でも、仕事ではないのでそんなに猛烈には疲れなかった。
 動きの割にはけっこう疲れた行事だったけど、やはりたまにはこういう機会があっても良いものだなと、思いました。山9割に対して1割くらいで十分だけど、ね。


天気:晴れ時々くもり(東京都江東区、移動中を含まない)
覚え書き:帰りりんかい線経由

Comments are closed.