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感情を言語化しよう

2011年 12月 1日

 今朝は体調が悪かった。食欲があまりなかったけど、まったく食べないわけにもいかない。米も水に浸した状態のままなので、炊飯してしまわないといけない。冷蔵庫には、昨日つくった人参と魚肉ボールの煮物と、鶏レバーしぐれ煮(片栗粉足りない)がある。納豆も、これ見よがしに大量につくりまくった。
 …が、食った後はやっぱり具合が悪かった。
 今日からもう12月。まだふうたろうの頭の中は10月か、へたしたら9月の気分だが、時は待ってくれない。山の計画が目白押しで、さっさと企画書を叩き出さないと、計画倒れして全滅する。


 さて、今日はHKだった。朝、いきなりメールが入っていて、今日やるっていう話だった。体調が悪いのでパスしたかったけど、一週間に一度の顔合わせだし、曲がりなりにも大事な仲間(変な日本語)だから会いたいしね。
 しかし、行ってみると、今日はふうたろうともう一人区議会議員のNさんの二人だけだった。他のレギュラーメンバーは、殆ど健康上の理由で欠席したみたい。今日はどうやら、ふうたろうだけが辛かったのではないようだね。
 ふうたろうたちの話では、政治的な議論を交わすことは、実は意外と少ない。むしろ、各個人が自分の意思でこの活動に携われていないという現象などに、頭を悩ます。
 その一つとして、多くの人が、自分の感情や要求を、正確に言葉にするのをやめていることがある。自分がこのHKに参加する理由を、あるいは参加したくない理由を、語らないのか、語れないのか。無言で消えていくので、実際のところ、ふうたろうは非常に迷惑に感じる。
 人前に出ての対話になることもある、ふうたろうたちの活動は、誰にでもできるとは思っていない。それこそ、自分の感情や要求を自分の仲間にさえ語れない人間に、見知らぬ人とそれができるはずもない。そういうことを要求すれば、それは要求する側が間違っている。
 しかし、人前での対話だけが活動というわけでもないし、それができなければ失格なわけでもないし、一生出来なくてもぶっちゃけ構わない。ふうたろうだって、選挙の電話がけとか、未来永劫する気はないし。
 ただし、どこかで自分の感情や要求を誰かには伝える必要が出てくるときが来る。それさえもしないで活動から無言で消えていかれれば、手のさしのべようもない。そこまで人間、親代わりにはなれないぞ。
 ふうたろうも昔から選挙活動が大嫌いで、人との対話もかなり苦手だった。まあ、ふうたろうだもんね(笑)自分の感情を言葉にすることもそれほど得意ではなく、それ以上に、周りの人間がネガティブな自分の感情(表現)を受け入れるほど信頼に足る人だとは思っていなかった。そして何より、受け入れられなくても自分を維持できるほど強くはなかった。100%他力本願だったわけだ。
 でも不思議と、やりたくないことからはそれなりに逃げつつも、やりたいことはそれなりにやっていた。今思えば、そのはっきりした選択性が、全部を投げ出した人との違いなのかなと思わなくもない。ふうたろうから見て、当時バリバリ活動していた人は、殆ど姿を消した。いったい、あれは何だったんだろうと思うんだ…。
 ふうたろうは、感情を言葉で表さず、態度で表していたのだろう。ふてくされてみたり、ストライキ(黒笑)したり(それらの行為がいいか悪いかは別として)。だからこそ、今の活動を捨てずにやっているとも思う。そして、今はその感情を言葉にもできるようになってきた。「これは~だからやりたくない。」と、ね。
 ふうたろうは思うんだわ。この組織で活動する前提として、自分のやりたい活動を言葉にしてもらうこと、何より、ネガティブな意思を腹にため込まないことを、しっかりと言っておくことが大事なんだと。そして、日頃から、ポジネガ関係なく、話し合える雰囲気をつくる努力をやめないことだろうね。
 …もっとも、そんなのはどこでもなされるべきだと思うんだけど、ね?


天気:久しぶり平日のくもり時々雨(東京都板橋区)

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