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心と社会の動的平衡

2008年 7月 4日

※アップロード:7月7日

 朝、すごく変な夢を見ていたような気がするのですが、とりあえず、北海道札幌市内のホテルで目覚めました。昨日の夜食べた、餃子が何となく残っているような残っていないような…(残っているはずはない)。


 上記通り、食欲がそれほどない上に、このろくでもない食材のため、さらに食欲減。
 勘弁してくれよ…。


 外へ出ます。出発です。
 意味もなく、警官がうろついています。
 なんの警戒してんだ?


 食糧主権の国際会議です。マスコミも注目します。何せ、この食糧主権を守り通すかどうかが、今後、飢餓や地球温暖化の危機から逃れられるかどうかの鍵を握っているのですから。
 食糧主権とは、食糧の生産や消費、流通、その他に関わる諸々の関係を、当事者で自主的に決める権利とでもいいましょうか。
 つまり、経済的、政治的、場合によっては軍事的、その他の力によってではなく、あくまでも自分たちの意思ですべてを決めるということです。当然、言葉のように簡単にはいきませんよ。でも、支配されたり依存したりしている状態から脱却しなければ、自主独立、というのはあり得ないのです。
 そして、食糧主権を宣言しているビアカンペシーナは、その自立のためには、力を惜しまない組織なのです。


 …自主独立と、食糧危機や環境問題がどう関係あるのか、解らないかも知れない。
 でも、実際、農家が自分たちで農産物の価格を設定する、ということ一つをとっても、世界的に全然できていないのです。


 だからこそ、いろいろな国から、「国際会議」ということでみんなが集まるのです。農家の方なら解ると思います。えさ代が賄えない、肥料代すら出ない、など。日本の米農家が、日本の最低賃金を遙かに下回る時給256円に、自ら決めることなどあり得ないからです。
 この写真に出ているバスク代表の話。
 ヨーロッパの国ですが、ここでも、大規模化、集約化が進み、遺伝子組換え作物、多くの農薬の使用がされているそうです。また、現実として、1日に1軒の農家が廃業しているのだそうです。
 …これが、農家の自主的なものであれば文句の付けようはないのですが、政策として、国が推し進めている結果、こうならざるをえないところに問題があるのです。だからこそ、食糧主権という考え方が、農家たちの間から出てくるのです。


 しかし、そんな食糧主権のお話も、この昼食の前では一瞬でかき消されてしまいます。どこ産のエビフライとイカリングでしょうか。おにぎりだけは国産だと信じたいですが。間違っても、カリフォルニア産、とかではないですよね?


 …午後は環境問題との関連で話が進みました。この会場の意識レベルは、まだまだ十分とはいえませんが、気が付き始めている人が、増えているのは確かと思います。現状の条件で、例えばすべての飲料を、PETボトルのない手段で得る方法をとるのは、まだ難しいですが、これを変えなければならない、という意識は必ず大きくなります。


 場所は空知郡北村(現岩見沢市)。ここで、交流会が行われます。
 ここに参加する人は、食糧主権の国際会議に出た人だけではありません。どんな交流会になるのやら…。


 青森のお祭りを真似ているようですが、僕にはそちら方面の知識はありません。交流会なので、とにかく、余興をたくさん。


 裏方では、お祭り騒ぎの準備をしてくれている人がいます。ソバを茹でています。なお、僕はありつくことができませんでした。


 みんな落ち着き始めて、壇上の人の発言を聞きます。
 …といいたいところだけど、交流会なので、そういうことはあり得ません。基本、私語だけ会場。


 愛媛県のミカンジュース・ストレート。農民連の、これは底力というべきでしょうか。食に対するこだわりは、ベーシックなところ、押さえています。


 壇上から見下ろすと、すごい数います。配膳というか、釜ごと置かれたおこわなどは、イナヅマ食いされてあっという間になくなってしまいました。
 外では、牛一頭が焼き肉になっているようです。それでも一人あたりの肉の量はハンパじゃない。


 おこわ。
 イナヅマ食いの起源。
 皿や箸が無くてさまよう人々もかなりいました。


 余興兼料理の、餅つき。会長は快調か。そんな苦労はおいらは味わわず、餅だけおいしくいただいておきました。ただ、餅の並べられたトレーを渡されたら、僕がたった一つをゲットするのが大変でした。まさに、餅でさえもイナヅマ食いの対象。危うく、僕がゲットしておいた餅まで狙われかけましたが、文字通りツバを付けておいたので、回避。


 イナヅマ食いの交流会全体会が終わったら、今度は青年(?)だけの交流会。懐かしい人やら、初めて会った人やら、いつもの如く悪態を付き合う人やら、まぁ、いろいろと。
 おもしろいことに、話をしていると、腐った心が浄化されるのです。いつも家で独りドラクエなどのゲームをやっていると忘れがちですが、生身で話す相手がいてこそ、心の動的平衡を保つことができるのです。
 まぁ、青年の集まりなので、色ネタの一つ二つは出てきます。そこがまた、心の動的平衡を保つ秘訣です。


 今日起こった出来事は、この他にも数え切れないくらいあったはずですが、文字通り、書ききることができません。でも、とにかく、今朝までの、腐った状態の心が、強制的に人前に出さされることで浄化され、必然の楽しみを味わっていたことだけは強調しておかなければなりません。
 人同士が集い、こうしてお互いの動的平衡を維持しようとする力は、今日の国際会議で見たように、社会のそれをも維持しようとする力に繋がるのだと思います。
 いつも、その浄化を受けて生きるというのは、本来、個人的・社会的に転職なのかも知れません。交流会で話をしていた、MさんとSくん(大学以来の付き合いです)は、その動的平衡の中で、生き甲斐を持って走り回っていました。今は、その気持ちが、ほんの少し、解る気がします。

天気:くもり時々晴れ(北海道石狩支庁札幌市・空知支庁空知郡北村)

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