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思い出せない(細野高原三筋山:静岡県)

2023年 4月 1日

 ここは小田原駅前。2017年2月に来たときは駅前の色んなところが汚れまくっていましたが、今日はそうでもないようです。
 今日から4月。今シーズンの冬は長く感じました。11月になってすぐにコロナになって、12月は2回も発熱、それからずっと寒冬でした。それって冬が長いんじゃなくて、病弱なだけだったってことですかね。
 ところで、昨日は小田急線富水駅で降りて、快活クラブ鴨宮店で寝カフェしようと思ったら、数日前から今日の朝10時まで改装で閉店でした。今日は伊豆半島に行くつもりだったのでこのあたりにベースキャンプを置きたかったのですが、ここが使えないとなるといちばん伊豆半島に近いのは三島か沼津か‥修善寺方面西伊豆に行くのであれば三島一択ですが、今回は東伊豆に用があるので、小田原駅前の別のネカフェでガマンしました。快活クラブはネカフェで一人勝ちしているだけあって、快適なのですよね‥


 小田原から熱海へ行って、熱海から伊豆急行直通列車で伊豆稲取駅に来ました。この駅からは細野高原三筋山にハイキングすることができます。


 細野高原は、再訪の山になります。2009年7月26日に一度来ています。当時のふうたろう絵日記には、そう、トムと一緒だったと書いています。
 トム。その年の6月に天城山に行って、降りてきたところのホテルのガーデンで庭師をしている人でした。仕事中の彼女に話しかけて営業妨害するという不届き者ふうたろうでしたが、メールとかでしばらく連絡を取り合う仲になりました。
 そんな彼女と、初めてハイキングしようと選んだのがここだったのです。当時の記録だと、彼女に案内役を頼んでいたようです。ようですと書いたのは、記憶が殆どなくなってしまっているからです。


 すっかり病弱になったふうたろうが3回も発熱してダウンした冬はいつの間にか終わって、温度と光に敏感で正直な植物たちは、その生理に忠実に、生長を再開しています。


 みかん畑と住宅地が、海から一気に駆け上がる斜面に張り付く独特な場所、伊豆半島。興居島(愛媛県)とか宇和島とか長崎とかも似たようなところはなくもないけど、伊豆半島は特に平地が殆どありません。Ingressしに来たときも非常に苦労しましたね。


 みかんも新芽を出しています。
 ふうたろうの実家に植えてあった給食の種から育てた実生(みしょう)の夏みかんは、もう20年くらい前に枯れましたか。あいつにとってふうたろうの実家のベランダにあった植木鉢は、あまりにも狭すぎた。ここに植わっているみかんたちのように広いところではを茂らせてやりたかったな‥


 面白い影ができているので、思わずシャッターを切りました。日が傾いていないと影もできません。始発に乗ってきてよかった。


 それにしても、当時、トムとこんなところを歩いたのでしょうか。まだ歩き始めてそれほどではないとはいえ、記憶に残っている場所が全くありません。


 ただ、彼女と細野高原に向かったときは、ひたすら舗装路を歩いた記憶だけはあります。


 斜面がきつい、舗装路。妻の実家のある兵庫県南部も、斜面のきついところに所狭しと高級住宅が並んだ場所でした。同じ斜面の住宅でも、全然違いますね。でも、妻には悪いけど、ふうたろうはこういう田舎のほうが、好きかな。


 ようやく見えてきた細野高原の看板。車で来た人のための看板なんだろうな。


 ちょっと黄色っぽい柑橘。ニューサマーオレンジ?はるみ?何ですかね?


 この頃、登山そのものを楽しむ機会は減りました。ふうたろうの環境があまりも激変しすぎて、300名山を突破し、1000名山を樹立するぞと意気込んでいた頃のことなんて、輪廻転生する前の話のように他人事ですらあります。あの頃の自然や社会に対する感受性は失われ、表現しなくなりました。


 でも、あの頃が本当にふうたろうの全盛期だったかというと、意外とそうでもないかもしれません。もちろん、全力で山裾に切りかかって年間1000km以上も登山靴を履いて歩いていたという意味では全盛期でした。そして、最高に充実していたのも間違いありません。
 それでも、あの頃、トムにしていたように、その後Mariさんにしたように、ひょっとしたらその前後10年くらい色んな人にしたように、ふうたろうは「愛」のパラメータを一切振らずに走り続けてきました。
 あまりにも長く、一人で生きることに慣れすぎました。誰かと生きる力を失っていました。


 ‥これはハリギリかな。そうであればタラの芽のように食べられます。


 そういえば、山菜採りは結婚してからやるようになりました。車を運転する妻に頼ることを選択し、誰かと一緒に食べることを選択しなければ、成り立たないもの。一人で山に登っていた頃、山菜採りに出かけることはできましたか?


 キブシ(キブシ科)です。初めて見た山は‥御正体山(山梨県)だったかな?2009年4月5日だったかな。


 杉林の中に沢がありました。降りてみましょう。


 岩に腰掛けて、小田原駅前のコンビニで買ったおにぎりを食べているだけなのに、恐ろしいくらい心地良い。ひとり静かに山のパラメータ極振りしていた頃が懐かしい。あの頃の感性、あの頃の生き方を否定することはできません。あの頃に対する未練はあります。


 それでも、もうひとつの生き方もあってもいいのではないかと思いながら、選び、歩いたのが、今日の二番煎じの細野高原です。愛にパラメータを一切振らなかったあの時を、少しは愛にパラメータを振ろうとしている今で上書きしていこうと。


 (・ε・;)ん?
 ヌオッ(゚皿゚;)
 ハラが痛い!!( ゚д゚ )クワッ!!
 しかし、ティッシュペーパー1枚持っていません。山の勘を完全に失っている体たらくです。


 生まれて初めて、山の中に散らかっているゴミを使うために探しました。飲み物の入ったペットボトルは持っていますが、天然水ウォシュレット(R)をすることを想定してカラのペットボトルを持参することはありませんので、わりと必死に探しました。
 なお、久々のNGSは、おしりに枯れ枝が突き刺さる感触も懐かしいものでした(恍惚


 おしり洗いが無事終わったら改めて細野高原を上へ上へ。やっぱりふうたろうの旅はこうでなくては(歯ぎしりヴォー読み


 しかし、天然水ウォシュレットしたところからすぐ上に、キャンプ場みたいなのがありました。‥まあ、いいでしょう、ネタ作りできたし(じと目


 もうひとつの生き方を見つけたのだとしたら、こういうところに家族で来るのもいいんじゃないかな。


 ありましたね、ガチトイレ。心なしか、まだ腹痛が続くので、もう一度行っておきます。小田原駅前のネカフェで寝ているときに腹を冷やしたかな‥?


 ずっと車道を歩き続けていよいよ「細野高原」という観光地っぽいところに出てきました。右にある階段に進んでみましょうか。


 Ingressをやる必要もなく、今はドラクエウォークも放置していて構わないのであれば、久しぶりにカメラ鷲づかみで山を歩けます。Ingressをやっていた頃、Ingressが山を楽しくしていると思っていましたが、そうではなかったようですね。


 大きな駐車場。でも、駐車場はあるのに路線バスがないのはいただけない。公共交通のない車道はふうたろうにとってはデメリットでしかないのでね‥
 ‥といいたいところですが、そのうち本当に家族で来るときは、「デメリットでしかない」を脱却できるかもしれませんね。


 でも、同じ道を進んでも、車と自転車と徒歩とでは別次元を歩くかのごとしです。ひとりで歩き続けたことは、ふうたろうの数少ない自信であり、誇るべきことであり、宝です。上書きするなんてとんでもない。


 きれいな桜を見上げてみます。やっぱり一人で電車に乗ってきて、伊豆稲取駅から歩いてこれを見ていることに価値を感じます。


 細野高原は日当たりのよい草原になっています。毎年山焼きをして草原を維持しているそうです。そんな草原には、細いですが、ワラビが生えています。背丈も短い上に細いので、ちょっと扱いづらいですね‥


 ところでここ、本当にトムと来たのでしょうか。まったく記憶が呼び覚まされてきません。


 ふうたろうは300名山を終えて、Ingressにドはまりしている間に、ずいぶん300名山の頃の感性を削ぎ落としてしまいました。あの頃は、行った山の日付とか場所とか、殆ど覚えていたのに‥。


 カワラタケですかね。ふうたろうの身近な人がきのこ好きなものでね‥。


 ‥トムは今頃、どうしているのでしょうか。まだ庭師を続けているのでしょうか。
 ふうたろうの人生は、思えば女性関係は惨憺たる状態でした。何が惨憺たる状態かといえば、付き合った関係よりも、付き合わなかった関係がとにかくひどかった。正直な気持ち(+)を伝えなかったことも、正直な気持ち(-)を伝えなかったことも、伝える必要のなかった気持ち(±)を伝えたことも。そして、何より、人として関係を築く過程に対して時間と手間をかけられなかったこと。自分に対しても他人に対しても、結論を出すのが早すぎるのですよ‥人間関係そのものの築き方があまりにも未熟。


 あのとき、トムとはどういう関係になりたかったのでしょうかね。今思い返しても、ほとんどわからない。でも、ひょっとしたら、異性として見るか否かを即断しなければならないと思いこんでいたことが、辛かったのかもしれません。


 細野高原からは天城山の主峰である万三郎岳や万二郎岳などが見えています。あの日も、トムとふたりで、ここを見ながら歩いていたのでしょうね。


 ‥長い車道歩きがようやく終わりです。ここから三筋山まで数百メートルの遊歩道を歩くことになります。


 三筋山の山頂、その稜線には風車がたくさんあります。
 たしかに、風力発電は再生可能エネルギーのひとつですが、山の開発とセットになることも多いので、絶対的な持続可能性とはいえないのかもしれません。百名山の四阿山あたりに風車が建てられるとかで日本共産党の赤旗も反対の論陣を張っていた記憶があります。あそこに風車が建設されるなら、ふうたろうも反対、かな‥。所詮、発電所であり、工業施設ですし。
 もっとも、原発推進派が再生可能エネルギーを敵視するための方便としてこういうのに反対することもあるので、即断せずに、よく見ることが大事なのでしょうけど。


 当時の日記を見ると、山頂に人は結構いたようです。そのうちのひとりに「夫婦だと思った」といわれたと書いてあります。
 ‥そういえば、そういうこと、言われた気がします。
 ほんと、だから何だというのでしょうかね。その時点では「夫婦ではありません」し、「恋愛感情云々すらわからない」で良かったはずなのです。たまたま立ち寄ったガーデンの庭師の人と、出会いがあったという事実があった、それでいいはずなのに。


 この三筋山、家族で来てもいいですね。「今」で上書きする。


 当時、こんな櫓みたいなの、ありましたっけ。でも、建立を記した金属の板(ボキャ貧)は、トムと来たよりも過去の年が書いてありました。


 さて、下山しましょう。このあと、白浜大浜海水浴場まで行かなければなりませんから。そしてさらに、明日三保の松原に行くために、清水市‥あ、今は静岡市清水区だっけ?‥まで今日のうちに行っておかないといけませんので。


 ところで、今回伊豆に来た理由は、細野高原の追憶とネタづくりのためではありません。最近、「風夏」(瀬尾公治・作)(「ふうか」と読みます)という漫画を読みました。この作品は主人公たちとバンドを組んだヒロインが早々にトラックに轢かれて退場というとんでもないやつつらい話で、ふうたろうは見事にメンタルブレイクされました。ただ、その残された主人公たちがバンドを通して死別の辛さや喪失感などを乗り越えて成長し、バンドを続けていくさまを描いた素晴らしい作品でもありました。これに出てくる(第2の)ヒロイン(死んでない方)碧井風夏(あおいふうか)の実家が城ヶ崎海岸あたりのようで、それも理由の一つです。
 まあ、城ヶ崎海岸付近は、去年あたりにIngressで徘徊してますけどねー(興ざめ


 伊豆稲取駅まで戻ってきました。行きはよいよい帰りは怖いなどといいますが、体力が全盛期の1ppmのふうたろうは、行きも帰りもHPはもうゼロでした(滅


 伊豆稲取から伊豆急下田に行き、駅前の馴染みのインドカレー屋でオクラ入り野菜カレーをイナヅマ食いしました。このインドカレー屋は一時期IngressでI love Izuしていた頃、何度か来ていました。
 腹ごしらえが終わったら白浜大浜海水浴場までバスでピストン移動。ドラクエウォークのために行ったのですが、ドラクエウォークのチェックポイントのチョイスは本当にガチ観光地で行くのがつらいです。


 追憶の旅はいつになっても好きです。自身の記憶に染み付いた「場所と過去の自分との関係」が、自分の変化によって変わっていくさまは見ていて面白いものです。
 伊豆の細野高原チョイスを押してくれたのは「風夏」でした。人間が変化していく要因の一つに、打ち込めるなにか(ふうたろうならば登山)は含まれていると思います。でも、あえて別の要因をもうひとつ挙げるならば、自分の思考回路の何処かに、他者の存在を組み込むことかもしれません。今までのふうたろうに決定的になかったのは後者ですから。
 もっとも、それができていたら、もう少し楽な生き方をしていたでしょうけど。
 明日は三保の松原に行ったあと、山梨県の昇仙峡か富士急ハイランドに行く予定です(日記には書きません)。


天気:快晴(神奈川県小田原市・静岡県賀茂郡東伊豆町・河津町・下田市・静岡市清水区、ほか)

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