古地図の記憶
今日は、早速、ラストダンジョン、伊吹山の計画を立てました。しかし、どう考えても伊吹山ひとつで週末が終わるのは、交通費が無駄になりすぎるので、プラスアルファで300名山もオプションにしようかと。
…しかし、何気に、そのプラスアルファがメインで、伊吹山がオプションというかたんこぶというか、そういう話にならないか不安なくらい、伊吹山というのはなかなか行く気にならないのですなあ。まあ、食わず嫌いというのもなんですが、山頂まで道路が走っているという時点でNGでして。200名山300名山でも、山頂が自衛隊基地とかは論外ですが、車道が走っているのは山ではありませんから。護摩壇山とか(何気に行ってしまったことがあるけど)何それって感じです。
それより、暮れから正月に扇ノ山・氷ノ山、六甲山、大和葛城山・金剛山の地図を探していました。扇ノ山や氷ノ山はともかく、大和葛城山や金剛山は、近所の山でした。だから、高校生の時に使っていた地図がそのまんま残っているのです。
…あの時歩いた道は殆ど覚えていると思ったけど、さすがに15年以上も経ってしまうと、忘れるのだなあと、記憶力の限界を感じてしまいます。しかし、当時のふうたろうが辿った道を見ていると、なんでこんなにムダに長く歩いているんだろうと思うのです。なんでこんなに律儀に休憩時間まで書いているんだろうと思うのです。
ふうたろうのあの頃は、誰かにしがみつきたくてしょうがなかったんだなと思う。平日の学校の教室は誰かと話ができるチャンスがあったので比較的安寧だったかもしれないけど、休日は誰と遊ぶわけでもないので、このワンゲルの例会がなければ、一人きりだった。当時のふうたろうには、一人で山を歩く度胸も愛情もなかったので、特に図書館が休みだった月曜の振り替え休日などは地獄の苦しみだったことだけは覚えている。
でも、安寧で楽しいと思っていた平日の教室も、ワンゲルの例会も、依存心でいっぱいだった。25000分の1の地図に引っ張られたさまざまなカラーボールペンのルートが、今のふうたろうにそう語りかけている。何故そこであえて車道を歩く?何故ここで谷に下る?何故そんなところを通れると考える?
ふうたろうの行動基準はすべて「注目」だった。まあ、今もそれはそんなに変わってはいないけど、人の目を引くために選んだ道は、それはそれは歪であるな。「人と違うルートを歩きたい」といいつつも、自分で選んだ道を、ぶつぶつ言いつつも結果的に楽しんでいる今とは、似て非なるものである。
あの時のふうたろうに言ってやりたい。おまえの本当に好きな道は何なのか。今は解らなくても、自分の好きな道はどこかにある。だから、そんなことで人の目を引くのは止せ。自分の道を歩んでいるうちに、「関係」が徐々に出来上がっていくものだから。
自分で歩くべき道を決められなかった小さなふうたろう。あの頃に比べたら、今は本当に自由に歩けるようになった。好きな場所を見つけた。好きな場所が増えた。単に下手の横好きというものではなく、今の段階で興味のあるものないものを、自分なりに選りすぐれるようになった。闇雲に手を出さなくなった。
それでも、ふうたろうの新規探索傾向はまだまだ強いと思う。一度行った山に二度目登ることはほとんど無い。同じ山に3回通えばそれはもうその山の通だと思うくらいの話で。ピストンで同じ道を戻ることさえ嫌うのだから、よほどである。
しかし、自分の好き嫌いが解り、それを基準に判断ができるようになったのは、あの時から比べれば進歩なのだと思う。その判断さえも他人を基準にしていたあの時から比べれば。
…と、古地図を見て思い出したけど、まあ、今はとりあえずこのけったくそ悪い胃腸症候群を除けば、楽しい生活を営んでいます。でももっと楽しいことはあるだろうという思いも同時にあるわけです。それは想像することもできないけども、今登っている山、今歩いている道が、その次の山に、道に、影響を与えるでしょう。
天気:快晴(埼玉県所沢市・東京都板橋区)
覚え書き:12月29日のムーンライト取れず・モス
お久しぶりです。
ついに99まで来ましたね。
鳥海山以降も戦ってる感十分な内容。今の自分にはさらに刺激が強すぎます。
ラストの伊吹山はさすがに熱い内容では登れないかもしれませんが、
百名山完登をおおいに味わってきてください。
それじゃ週末お気をつけて行ってきてください。
お久しぶりです。
脚の方、手術されるそうですね。
しっかり治して、
来年度のガツーンとした登りを期待しています。
伊吹山、今のうちからこうして嘗めてかかっていると、
何となくひどい目に遭いそうな気がします。
ひとまず、ピストンですごすごと帰るのだけは避けたいです…。
まあ、今週末の山行は、若干休みを入れつつ登ろうかと。
青森山行から至仏山はエラくハードで、
ちょっと疲れ気味ですから…ね。
古地図という題からはちぃとそれてしまいますが。。。
山のおかげで私も少しずつ変わってきたと思います。
山登りしてそう長くはないけど、好き嫌いがでてきて、いっちょまえに選択するようにさえなりました。
山って行く前も山にいる最中も自分で判断しなきゃいけない事がたびたびあって、ほんとうの自分の心と向き合う機会が俄然ふえた気がします。今までは結構流されて生きてきたって思ってたけどそれも自分で選んできた道なんだよね。もちろん子育てが中心だったから、自分自分って今みたいにやっていられない状況ではありましたが。
今は生きてるって感じ!こんなに恵まれてていいんだろうかと。よきパートナーにはまだ巡り合えないけど、死ぬまでに見つかればめっけもん!くらいの気楽さ。
心の平穏が一番かな。山行く前は心配してちょっと平穏じゃないんだけどw
山ってさ人生みたい!直登もすきだけど、まわりまわって行くと違うものが見えてくるんだよねぇ。どちらもいいよねぇ。
たまに、こういうお題でこういう中身を書くことがあります。
ネタ切れという意味でも、
思ったことを言葉にしたいという意味でも、
ちょっとでも昔よりできることが増えたことを確認したいという意味でも。
古地図というのは、本当に古地図です。
関東もそうでしょうけど、
関西(大阪や兵庫、奈良など)は、
里山の開発がとどまるところを知らなくて、
今は恐らくあの地図の殆どが使えないくらい、
道路や山の切り崩しが進んでいるんだと思います。
しかし、その切り崩しが進んでいなかった頃、
もう15年程度昔ですが、その頃のことを思い出して書いたのです。
山に限らず、一事が万事、自分での選択を迫られますよね。
むしろ、そうでなくちゃいけない。
誰かが決めてくれたり、誰かに無理やり決められたりするなんて、理不尽だから。
ただ、ふうたろうには子育ての経験もなく、
わがままに実家を飛び出して、
勝手に放浪して、
勝手に病気になって、
親には心配かけているなあと思います。
それでも最近は、長くない人生であれば、
もっと必死にわがままに生きようと思うようになったのですよね。
それをけしかけてくれたのは、間違いなく山です。
山に行く前の不安は、
先が見えない不安ですよね。
でも、実際の山のように、
行ってみることで様子がわかり、
その後のルートが切り開かれるのかも知れません。
直登か巻き道かに関係なく、ね。
お互い、いい山に登りたいですね。