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おぞましい記憶

2008年 3月 11日


 今日も、『がんはなぜ生じるか』(永田親義 著 講談社BlueBacks)を読んでいました。
 単刀直入に言うと、殆ど最後の部分で、忌まわしい過去のフラッシュバックが起こり、失意のまま、所沢駅に着いたのでした。たぶん、『がんがなぜ起こるか』という題名の本を読んでいる人間の表情ではなかっただろうと思います。

 永田親義氏は、フロンティア電子軌道理論という、福井謙一氏が提唱した量子化学論を用いて、化学物質の発がんの機構を探ろうとした第一人者でした。
 その彼がやっていたことが、まさに僕が大学院生活残り3ヶ月になって電子スピン共鳴(ESR)という方法を使った、化学物質の活性代謝物の実験そのものでした。あまりに酷似したその実験を、大学院修士2年生だった僕は、何も知らず、やっていたのです。
 僕が失意したのは、40年も前に同じ実験が為されていたことではありません。40年も前に同じ実験が為されていながら、しかも、その科学者の本を少しは読んだことがありながら、まったく知らずに実験をしていたことです。
 パワハラ(パワーハラスメント)と不十分な知識と援助の中で、本当に辛かった。一晩で数十の論文を読み、事実上他の院生たちの8分の1しかない時間の中で、まともな実験も出来ないまま、理屈だけこねた修士論文。あのとき、京都府立大学のH助教授(現教授)に助けられなければ、この程度の屈辱で済んだかどうかさえ解りません。
 僕が永田氏と違うところは、当初、フリーラジカル全体ではなく、活性酸素だけ(活性酸素もフリーラジカルの一つです)に注目していたことです。それに、フロンティア電子軌道理論なんてものは、名前くらいしか知りませんでした。
 一番上に示した図は、僕がしゃにむにESRと格闘していたときに撮ったパラコート(メチルビオロゲン)という除草剤の反応を見たものです。ネズミの肝臓の酵素と反応させたものです。
 実は、パラコート以外にも、クロルピリホス、シペルメトリン、フェンバレレート、クロルプロファム、キノクラミン、ジチアノンの各農薬についても同じ実験をしていました。キノクラミンとジチアノン(構造に共通点がある)は、パラコート同様、興味深い反応を見せてくれました。
 でも、そのデータは今となってはどこに行ってしまったのかも判りません。世紀の大発見(フロンティア電子軌道理論)をした科学者集団が、少しでも関わった方法を借りた実験でした。
 僕は名誉なんか要らない。たとえノーベル賞をもらえたとしても、そんなものは誰かにくれてやる!それよりも、僕はあのとき、教えを授けてくれる誰かを必要としていました。時間と教師の寛容さを何より必要としていました。そして、あのとき、この永田さんの研究を少しでも知っていたら…。
 僕が当初「教えを授かって」いた、有機すずの代謝をGC/MSで研究していた教授は、僕が求めている物すべてをことごとく持っていませんでした。僕が「もっと早く見切りを付ければ良かった」と思ったのは、ある別の研究室の教授と前述のH助教授の「もっと早く言ってくれれば助けられたのに…」という言葉があったときでした。それが、大学院修士2年の11月頃です。残り3ヶ月のときです。

 フリーラジカルは、僕のトラウマです。活性酸素、キノクラミン、ESR、そんな言葉すべてが、あのおぞましい記憶を呼び起こします。でも、研究自体が嫌いなわけではありません。むしろ、大好きでしたし、今も好きです。
 それでもまだ、あの教授を許すことは出来ない。そして、力の及ばなかった自分も許すことが出来ない。
 あれから4年。僕が大事に握りしめてきたつもりの化学は、あの時に置いてきたのかもしれない。分析をしながらも、どこか負の遺産を抱えている感じが拭えなかったのは、このトラウマから未だ抜け出せていないからかもしれない。
 しかし、当時、僕を本気で助けてくれた多くの人たちがいることも事実。トラウマばかりは時間をかけるしかないけど、今は違う自分がいることを確信していきたい。

天気:晴れ(東京都板橋区・豊島区・埼玉県所沢市)

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