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貧相なる食事

2010年 2月 9日

 食事が貧相だな、と、思うこの頃。でも、最低ラインとして、米の飯はちゃんと食べよう。


 今、幕内秀夫の本を読んでいます。あれはもう4年くらい前の1月だと思いますが、彼の講演を聴いて、どうも釈然としなかったところでした。どこを妥協しているのか、どこを守らねばならないのか、理解できなかった。そして、当時はまだ今ほど「格差」もキーワードになっていなかったし、当時から害悪だと判っていた小泉改革に誰もが沸いていた時代だったし、サブプライムローンとやらで世界経済がメチャクチャになっていることが表だってもいなかったし、ホームレスはたくさんいても派遣村なんてものも存在しなかったし、自己責任論も大手を振るっていた。だから、食の貧困も、ただ食の貧しさ単独で語られていたという覚えしかありませんでした。
 よく考えてみれば、職場内の論調でも当時は「消費者が悪い」で思考停止していると、ふうたろう自身、よく怒り狂っていましたっけ。安い物を消費者が求める理由に、消費者(労働者)の貧困はなかったのか!と。それが今や当たり前のように語られるようになって、こればっかりは時代の推移を感じなくもないです。幕内さんも、この貧困や格差の話を本の中で少しではあるけども触れていて、ふうたろう的に厚みが増した感があり、共感部分が増えました。
 ともあれ、今は、4年前とは目に見えて情勢がひどく、その日を生きられない人が目の前にいて、その人を前に「米を食え」などと言ってもしょうがないことが誰にでも解るんですね。感性が腐りきって感動の数も激減して社会に対し何も言う気力すら沸かず孤独感だけを募らせている現代ふうたろうでも、「嗚呼情勢は進んだんだな」と思わされます。まあ、変わったと感じたのはそれひとつくらいかもしれないけど。
 …予後胃のむかつき(帯状疱疹の治癒後にも痛みだけが神経に記憶として残る現象を胃のむかつきにあてがった表現です)がしんどい…。


天気:晴れ(東京都板橋区・埼玉県所沢市)

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