春のひかり(光岳:静岡県)
真夜中、2時頃でしたか。いったい何度目が覚めて、いったい何度固く凍り付いたテントのファスナーをこじ開けて、いったい何度曇り空を見てがっくりしたことでしょう。2時といえば、もうあと1時間半もすれば起き出して出発の準備です。
その最後のがっくりのあと、眠って、次に目が覚めたのは、猛烈な冷え込みのせいでした。さっき起きた時刻から45分くらいです。
放射冷却。地表の物質が宇宙に向けてエネルギーを放出する現象。雲があるとその冷却効果が弱くなります。
まさかっ!!
満天の星空になっていました。
5時19分、夜明け前の快晴の空を仰ぎ、光岳(てかりだけ)へ出発。しかし、最初に立ちはだかったのは猛烈な雪の急坂とハイパーヤブ漕ぎゾーン。加加森山の密林よりずっと厳しい。
そんな、写真を撮る気も失せるような場所を越え、見晴らしの利く稜線に出ます。スゴい積雪です。昨日のあの吹雪で積もったのでしょう。
慌ててもどうにもなりません。夜は明けてしまい、日の出を拝むことはできませんが、この吹雪明けの高山の、貴重な風景をじっくり見ることはできます。
昨日ずっと吹雪の中歩いた、加加森山方面以西の稜線が見えます。
そして昨日までは雲で見ることができなかった、聖岳や赤石岳などの、深南部の主峰群も見えてきました。
手前が2381mのピークで、その向こうに名もないピークが続いています。あそこは全部昨日ふうたろうが歩いてきたのです。
この稜線も、本当なら樹林で展望は悪いのだと思います。しかし、昨日の吹雪、いや、この冬続いた吹雪のお陰で、展望廊下に変わったのです。
雪の樹林といえば、この風景はお約束。嗚呼、遂に晴れたんですね…。
樹林にこびりつくように、大きく発達した雪庇。いくら景色がいいからと油断すると、落ちます。
またヤブかっ!
…と思ったら、直ぐに向こうに抜けることができました。まさにこの辺りはボーナスステージです。
頭だけを出した針葉樹林のはるか向こうには中央アルプスが見えています。抜群の展望です。
しかし、昨日の吹雪ほどではないにしても、風は強い。舞い上がる地吹雪が、春になりきれない高山の荒々しさを醸しています。
直ぐそこに、デカい岩があります。あれは、光石(てかりいし)でしょうか。夏道なら行けるようですが、今はさすがにやめた方がいいでしょうね。
樹林をかき分けて歩くと、眩しかった太陽がいつの間にか少し高くなり、富士山の影が見えてきました。
昨日の吹雪、この冬の吹雪が、どれだけ厳しいものだったのか…。この青白く、厚く積もった雪と背丈の低くなった枯れ木立を見ていると感じるではありませんか。
樹木にくっついたエビのシッポが剥がれ、雪原に散乱し、そこに新たに粉雪がまぶされて、不思議な質感の雪の表面。
夏山の光岳を知らないのですが、この山頂は樹林に囲まれている様子です。でも、雪のお陰で足場がかさ上げされています。そこから見えたものは無限に広がる氷のパノラマでした。
南側の展望は残念ながらあまりよくありません。それでも、この積雪量とあまりある太陽エネルギーは、目の前の樹林ごと風景を輝かせています。
山頂の感じはこんなもんです。ここで、標がないので、聖岳などをバックにしてテキトウに記念撮影などしていました。気温は-14℃くらいだったかなあ。
どれがどの山なのかははっきりしないけど、聖岳や上河内岳その他の連峰がズラッと見えます。涙の一粒くらい出ますよ、ここまで来れば。
光岳からわかんの跡。この山域にいるのはふうたろうひとりだろうと思います。
表層の粉雪が吹き飛ばされ、レインクラスト(雨で固まった)した表面がテカっています。まさに“光=てかり”ですな。
雪に半分埋まった光小屋。ここの主は厳しいらしい。まあ、テント以外で泊まりに来ることはないだろうけど…。冬に来ちゃったらねぇ…。
あの奥の山は200名山の大無間山(だいむげんざん)だろうと思います。
この平原は静高平というそうですが、その南の縁を歩いています。
こんな広大な雪原を見たことがないので、とにかくふうたろう、ラリっています。
イザルガ岳が少し見えています。あそこの展望も抜群だそうです。しかし、時間がなくなってきたので、諦めます。
ライチョウ(ホワイト)がいます。三俣蓮華岳の近くで、暗闇の中のそのそ歩いているのを、去年見た気がしますが、白昼堂々ホンモノを見るのは、これが初めてです。
2羽いるのでつがいでしょうか。雪で転んでいるのが可愛かったですなあ。
魚眼レンズではないですよ。谷の両側を樹林が包み込んでいます。
深い樹林帯なのであまり展望が利きません。これから易老岳(いろうだけ)までこんな感じなのでしょうか。
しかし後ろを向くと、イザルガ岳や光岳の山塊の存在感を覚えます。
展望が利くところも、あります。ただ、積雪がなかったら駄目かもしれない。
斜面を駆け上る樹林。ふうたろうも駆け上らなければならないのですが。
この雪の下はどうなっているのか。とりあえずいい感じの雪の稜線になっています。ただ、波打つ雪道を歩くのはしんどいです。
易老岳までの縦走、最後の上り坂です。きついけど展望はいいです。
易老岳の山頂は加加森山のように樹林に覆われています。ここから携帯でタクシーを呼ぼうとしましたが、電波が不安定でかかりませんでした。
樹林が途絶えることなく広がっている易老渡(いろうど)コースを下ります。しかし、このルート、猛烈に長く、苦しい。
中腹は倒木帯。幸い行く手を阻むほどのものはありませんでしたが、それでも長い下りで力が入らなくなりつつある足にはダメージです。
雪道が終わりました。あと少しといいたいところですが、まだこれから1時間以上もかかるなんて、信じたくないです。
信じたくなかったので、Bダッシュで12時39分に易老渡到着。易老岳を9時43分に出て2時間56分。よくがんばったと思います。何気にこの易老渡コース、今回のすべてのコースで一番きつかったような気がします。
遠山川にかかる易老渡コース入口の橋を渡って、山道が終わります。
近くに沢があったので、顔面で飲みまくりました。猛烈に喉が渇いていたのです。あの北海道の大雪山縦走の時みたいな喉の渇き方で、脱水症状を引き起こしていたかもしれません。とりあえず、滝にチューです。
ここで終わらない。携帯がつながらないので、つながるところまで移動してタクシーを呼ばないと、今日中に帰れません。
国道152号線まで18.6kmもあります。あと3時間ちょっと(バスの発車時刻)で歩ける自信はありません。
頭の中を黄色信号がマッハで点滅していました。このまま携帯がつながらないとヤヴァイ。
しかし、ふうたろうのauは、弁天岩の辺りから少し電波が安定し始め、程なくして通話ができるようになりました。無事、北又渡の発電所までの約束できてもらえることになりました。
北又渡の発電所のところに堰堤がひとつ。しぶきが上がって虹が架かっています。
揚水式発電所?
あとで地図を見るとただの水力発電所だったようですが…。
遠山川の水は青く澄んでいます。何となく、懐かしい感じのする、青い流れです。いつまでもこの青さを残したいものです。
これは、キブシでしょう。ふうたろう絵日記の過去ログを見ると、大菩薩嶺(2007年4月7日)と御正体山(2009年4月5日)に出てきています。季節の花ですね。
約束の発電所前で待つこと40分。タクシーの詰め所から1時間以上かけて、道をふさぐ落石を撤去しながら来てくれたらしいです。
運転手さんとは、お約束のお話。高速道路無料化と公共交通に対する貧弱さについては、やっぱり抜かすことなく話していました。運転手さんたちだけが騒いでいたらただの既得権を守る運動だと思われるかもしれないけど、利用者と一緒に声を上げれば、共同の輪が広がりそうです(活動家的表現だなあ)。
北又渡の発電所からかぐらの湯まで7180円。あれだけ苦労してきてくれたのだから、安いもんです。
ここでザブッと風呂に入り、飲むヨーグルトをシバき、店のおばちゃんたちにゾッとされながら山話をしてそば粉を買い、バスに乗って飯田駅に向かいます。
飯田駅から電車で帰宅します。しかし、なぜか、あまり長く感じません。山のこととかを考えていると、夢が広がって、それまでの疲れも飛んでいきます。
そう、今回はアルプス初の雪の百名山を縦走したのです。暴風雨と暴風雪を凌ぎ、光り輝く光岳を堪能し、雪原を駆け抜けた今回の山行は、大きな経験になりました。
あの暴風雪、本当に苦労しました。荷物が重い、枝が引っかかる、マップケースは壊れる、手袋は濡れる、テントは凍る、等々、不快極まりないこともたくさんありました。でも、あの光岳の輝きは、その吹雪以外の誰が作ることができたでしょうか。あの巨大な低気圧がやっていたことは、実は春山に冬の絵の具で絵を描くことだったのかもしれません。太陽は春の光で山をいっそう輝かせました。
暴風雨があって、そして吹雪が続いて、最後に太陽が春の光で仕上げた春の光岳。どれかが欠けてもできなかった自然の芸術。だから、ふうたろうはあの吹雪には感謝しています。そう思うと、真っ白に荒れ狂う樹林帯の見え方も変わるではないですか。
#120池口岳準クリア。
#69光岳クリア。
天気:快晴(静岡県榛原郡本川根町・静岡市・長野県下伊那郡南信濃村、移動中は含まない)