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植物の免疫
躊躇
支援って何だろうね。
ふうたろうは、今日は月に一度の病院通いです。大腸含む胃腸の方の。医者はずっと潰瘍性大腸炎の方を心配しているんだけど、ふうたろうは、自覚症状として潰瘍性大腸炎の方は殆ど軽微で辛さを覚えてない。むしろ上部消化管の症状の方が辛いのですよね。医者とは、そういう噛み合わないやりとりを繰り返しつつ、でも、対症療法的にずっとアルプラゾラム製剤を飲むと。誰も解決策の判らない病気なので、付き合い続けるしかないのでしょうね。
で、その病院の近くに、豆腐・大豆製品を扱っている店があります。病院の度に寄るようにしていて、何かを買うようにしています。
この写真に写っているのはおからで作ったかりんとうです。味のバージョンがいくつもあります。そして、今回ふうたろうが注視したいのは、このシールにもある「がんばるぞ東北」。
ふうたろう、「がんばれ日本」系のスローガン、はっきり言って嫌いです。誰に向かって言ってるの?何を「がんばれ」と言ってるの?自分は「がんばる」って言わないの?
山との一期一会
あの、地獄の奧茶臼山の地図です。
小沢橋バス停、地図で見てもしらびそ峠登山口より随分下です。奥茶臼山から栂村山までも、けっこうな距離です。それから先の車道歩きも果てしないです。
とりあえず、終わった後は燃え尽きていました。
より大きな地図で 奧茶臼山 小沢橋バス停~大河原バス停鬼畜コース を表示
都市の夜
ふうたろうと猫
人を呪わば穴二つ
4年前の毒祓いを
今日は朝からひたすら雨だった。奈良県の竜門岳でも行こうかと考えたけど、遠くの地に行くのに一日しか使わないのはもったいないので、却下。明日は、300名山でなくてもいいから、近場のやつ、行こう。最近切り札を使いすぎている。
え?本末転倒?人間そういうもんだ(何
明日は、富士吉田の方にある杓子山に行こう。
結婚、ねえ…
近親者なればこそ
婆ちゃんのカボチャ(思いこめた日記にならんごめん)
今日は朝から天気が荒れていて、猛烈に気分が悪い(精神的に)。午前中は特に風雨が激しく、悲惨を極めたと。
昼過ぎになって、あまりにも手持ちぶさたになって、カボチャの煮物とトウガラシなめたけを作った。そのカボチャは、こないだ伊那のグリーンファームで買ってきた、籠を必死で引っ張ってきていた婆ちゃんのものである。肉質がけっこう良さそうだぞ、これは。
しかし、夜、食べてみたら味付けが薄かったという罠。もう少し醤油があっても良かったな。
あと、穴開きまくりソール剥げかけすり切れ登山靴を買い換えた。使っていたあの靴、去年6月に買ったばかりなのに、歩行距離が1500km以上にもなるので、勢いよく摩耗してしまったのだろう。安いものではないのに、もったいない。あの靴、もう製造をやめてしまったらしく、別の6000円ほど安いのを買った。登山写真家向けとかいう靴らしいけど、どんな靴なんだろうね。
明日は浅間隠山に行くつもりである。軽井沢長日向バス停より鼻曲山を通り、浅間隠山、ヤブの程度にも依るが、鷹繋山を経て北軽井沢バス停へ下山したい。行程は長くて9時間ほど。もっと早く帰れれば、と思う。でも、バス停到着、17時を割るのは難しいかな?ヤブの程度にも依るし、ヤブが通れなければ、引き返しと車道歩きがあるので、難儀するだろう。
天気:くもり、朝のうち一時雨で、強風を伴い強く降る(東京都板橋区・豊島区・北区)
覚え書き:大宮~軽井沢間「得だ値20%」
悔いなく生きよ
ついさっき、友人がぽつりとつぶやいていた。どうやら、訃報らしい。いや、ふうたろうやその友人に直接関わる人の訃報というわけではないんだ。
…どうも、その友人が好きなバンドの、楽器演奏者が亡くなったらしい。
そのバンドというのが、FUNKISTというらしい。ふうたろう、POP系の音楽なんてまったくといっていいほど聞かないので、このバンド名も、どこかで聞いたことはあるのだろうけど、まったく知らなかった。そして、楽器演奏者がフルート吹きであったことも、もちろん知らない。
でも、どうしてかね…、妙に切なさが伝わってくるのだ。その演奏者は、2年前の4月11日に同じバンドの仲間と結婚していたらしい。
ああ、その日は、ふうたろう、辛さからの復活祭と称して、百名山49個目の四阿山攻略に出かけたんだ。まだまだ深い雪山だったね。その日のことは、とてもよく覚えてるよ。これから、また山へと向き合っていくときだったんだ。3月まで、合計3回しか山に登れないほどの辛い時期を越えて、ね。
きっと、彼女も、これからだったんだろうね。楽器を弾くことも、結婚生活も。そして、山に登ることも、次元の違うジャンルだけど、向ける思いの強度には似たようなものがあるのだと、ふうたろうは思うんだ。
ふうたろうもしばしば考える。死に至る病に冒されたらどうしよう、とね。餓鬼岳に登ったとき、テントの中でそんな夢を見ていたような気がするよ。
だけど、人間が死ぬことなんて、自分の死期を知るなんて、一ヶ月後の山の天気を予測することよりも無理なことだ。だから、いつでも、自分の生きざまを、
「俺は目を血走らせながら山に登ってた」
「私はずっと仲間とフルートを吹いていた」
「僕は社会変革のための活動を諦めなかった」
…というような形で語れるくらいの生き方をしたいものだよ。何だっていい。今ここで、自分が満足だと思っていることを自覚できれば。
ふうたろうは死ぬ間際まで山に登っていたい。明日ガンを告知されても、2ヶ月後に死んでも、悔いがないように。冥福なんて祈らない。死んでしまったらそこまでなんだ。生きている自分が、悔いがないように、生きたいものだよ。
…そういえば、ZARDのボーカルや、農水省の大臣が立て続けに亡くなったときがあったけど。あの時はそこまで思えなかったな。ふうたろうにとっての客観的事実は変わらないはずなのに、ね。
天気:晴れのちくもり、夜遅く時々雨(東京都板橋区)
とりあえず、写真でも(Θ_Θ)
自己否定から肯定へ
これは2006年8月16日、木曽御嶽山に登っているときの写真である。もちろん、この中にふうたろうはいない。
当時、日本百名山なんてものは知らず、「山が好きだ」という割に、1年間に登っている数は、今の登山の1ヶ月分にも満たないレベル。今思えば、本当に山が好きだったのだろうか、とさえ思う。
またこの頃、下界に下りれば、今以上に怠惰で残念な生活が続いた。定期的に孤独感に襲われる。せっかくの楽しい交流会などでも、自分の存在価値を見いだせないで人の輪に入っていけなくなる。ほんとに、落ち込んでばかりの人生だった。
そんなふうたろうは、それでも人との出会いは嬉しかった。その瞬間は。一種のドーピングのようなものだった。離れれば孤独に戻り、苛まれた。
山は頂だけでは存在できぬ
土産集合
不吉な天気…
情けね…(滅
出勤前に慌てて作った鉢伏山の軌跡(地図)です。たくさん歩いたなー。いい景色だったなー。次はあの稜線の冬をマッタリ過ごしたいな。300名山終わったあとだろうけど。何年後なんだか…。
より大きな地図で 鉢伏山縦走乗り越えコース を表示
ついでに、もう一個。
より大きな地図で 木曽駒ヶ岳Aコースおよび檜尾尾根下山コース を表示