これな~んだ?
今日はカメラを持って行くのを忘れたことを、凄く後悔しました。初めて見る光景を撮るチャンスだったのに。この写真は携帯電話のカメラで撮ったものです。
山で撮る風景や人の写真をマクロの世界とすれば、今日見たのはミクロの世界。そうだった。ミクロの世界にもおもしろいところはあるんだった。
この写真、顕微鏡で、腐った野菜の破片を見たものです。写っているすべての生き物(?)が決まって真ん中で割れています。僕にはこれが何かは判りませんが、どこかで見たことのある形ではあります。
…とりあえず、見ているだけでおもしろい。右の写真は、その生き物から“芽”がでています。出芽。ひょっとしたら、これは胞子なのかもしれませんね。クリックして拡大してみてください。
…と、今日、唯一喜んでいた時間帯はこの時だけだったかもしれません。仕事をすることで気を紛らせていましたが、どうにもこうにも。
でもやっぱり、気が付いたことがあります。こうしてむやみに苦しいとき、心にアンテナが立つのだなぁ、と。
高遠菜穂子さんの本『愛してるってどういうの?』(文芸社)を今日も読んでいました。子ども相手にボランティア活動をやっていた(いる)人。本を読んでいるとそんな高遠さんも凄く悩みながら生きてきているのが解る。一生懸命、生き方を探している人だというのが解る。子どもを愛したいと思う彼女でも、自分の負の面を見て嫌いになることがあるようです。
ついでに、彼女の本の中で、ちょっと印象的なこと。中国のチベット侵攻のことを述べていると思われる部分があります。そこで彼女は何と述べているか。
『愛してるってどういうの?』文芸社 高遠菜穂子著 pp159
(略)…チベット関連の本を読みあさっていると具合が悪くなってくる。想像しがたい刑務所の実態、拷問の惨(むご)さ…。
でも、中国を嫌いになりたくないと思うんだよね。…(中略)…そうしている人も、そうさせている人も、きっと気づくと思うから。…(中略)…平和は作るものではなく、その意味を知ることなのだと気づけば、平和はきっと来ると思うんだよね。(引用終)
彼女は、決して中国を糾弾しているわけではないですが、この問題に対しては、非常に厳しく見ていると思います。自分の生き方を探している彼女だからこそ…かな?もっと言えば、自分を見つめる苦労を知っているから…かな?平和の意味を知るということは…?
…とまあ、勝手な解釈。
他にも、千葉テレビ再放送の『キテレツ大百科』。今日は野菜のこと。ある老人が、不格好だが非常に美味しい野菜を作っています。その野菜を「八百八」営む熊田家一家が食べるシーンがあります。
ブタゴリラ(かおる)の父親の発言より
「昔はな、こういう野菜が当たり前だったんだ。最近の客は形の良し悪しばかりを気にしやがってな。うまくても不格好だとさっぱり売れやしねぇ。だから作る方も味より形を大事にするようになっちまったい。」
念のため、17年前のアニメです。今でも十分言えることだと思います。サクセスストーリーではあるけど、メッセージ性があります。…今のテレビアニメではしばらくそういうのを見ていないなぁ。
ん?子どもの泣き声が聞こえます。向かいの家で「ママ~ッ!!!」と叫ぶ小さな男の子。どんな寂しいことがあったのか解りません。でも何で外に向かって泣き叫んでいるんだろう。
子ども…か。いやはやなんとも。
天気:晴れ時々くもり(茨城県取手市・東京都板橋区)
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