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食の均一性は必要か

2006年12月6日

 職場ではいつも僕が農薬を抽出している間、別の人が作業の合間を縫って料理をしてくれます。その一つが、この写真の味噌汁です。その副所長の作ってくださる味噌汁が、非常に美味い。もうすぐ退職されることもあって、そのこつを聞き出しました。
 …根菜類(白菜の芯なども例外的にこれに入る)は水から煮始め、何と、沸騰してから20分ほど煮続けます。ダシはどの辺りで入れるんだっけ。恐らく、沸騰20分後でいいと思います。そして、そのあと、葉菜類を入れてまた煮ます。葉菜類はすぐに煮えるので、煮えたら、味噌を合わせて入れます(米麹味噌と麦麹味噌を使用)。味噌を入れたら、一煮立ち。これに薬味を入れれば完成。

 今日は、味噌汁の作り方を聞いただけではありませんでした。この作り方、具体的な数値は、「20分放置」のところ以外ありません。実は副所長、こんなことを言っておられました。
 「日によって、味が違うんだよ。その日の体調とか、いろんな具合で、毎日、味は変わるんだよ。カップラーメンなんか、規格がちゃんとあって、全部が同じ味だけど、あんなのを一週間食べてごらんなさい。おかしくなっちゃうよ。」
 僕も、なるほどと思いました。いつか、茨城県南部の産直組合の人たちと話をしたことがあって、その人たちが「同じ品質のものを作らなければならない」と言っていた時、妙な違和感を覚えたことを思い出します。
 考えてもみたら、僕らの食べるものは、生き物。生き物一体一体は中学や高校の生物の遺伝で習うように、多様です。さすれば、味が違って当然。それに、調理する人の技術やこだわりなどが加わって、味に個性が出ます。美味いと思うものには近づきたいと思うけど、同じようにはなかなか行かないし、かの副所長の作る味噌汁だって、同じ味ではありません。しかし、「それが良いんです」という副所長。先見の明ではありませんか。
 …みんな同じ味にしなければならないって、異常なことだと思います。人の作るもの。それにブレのないことの方がおかしい。それが当たり前でないことの方がおかしい。同じ味にならされ、そればかりを食べる。それって、本当に食事を楽しむことになるのでしょうか。
 …といいつつ、毎朝日暮里のネギたっぷりきつねそば(汁は規格品)を食べている僕が言っても説得力はないのですが。
 人の数だけ料理の味は違うし、人の数だけ好みも違うのでしょう。生物の本能として求める甘味やうま味の成分でさえ、量とそれに対する好みは多様です。
 自分たちの食事は自分で作り、多種多様なものを食べる生活の保障は、何気に、権利だと思います。憲法25条。

天気:くもりのち晴れ(東京都板橋区・茨城県取手市)

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